まず、結論から申し上げます。
相続登記を放置してはいけない4つの理由
それは、次のとおりです。
- 他の相続人が非協力的になり手続が思うように進まなくなる
- 相続登記に必要な資料が廃棄処分になる
- 相続不動産を勝手に売却される危険がある
- 複数の相続が発生する
1つずつ簡単に説明していきます。
他の相続人が非協力的になり手続が思うように進まなくなる
相続発生直後は、いろいろやらないといけないと思っていても、時間の経過とともにそういった気持ちは薄らいでいくものです。
特に、自分の利益にならないことについては、面倒なことはしたくないという意識が芽生えてきても不思議ではありません。
何ごとも先延ばしにせず、思い立ったときにやってしまうことです。
相続登記に必要な資料が廃棄処分になる
相続登記には、住民票の除票や戸籍の除附票が必要ですが、これらの資料の保存期間は5年と短く、期間を過ぎると廃棄処分になります。
これによって手続ができなくなるわけではありませんが、他の資料で不足分を補うことになるので、手間や費用も余計に必要になります。
手続を先延ばしにすると、こういった事務的なデメリットもあるのです。
相続不動産を勝手に売却される危険がある
長男と二男が遺産分割協議をして、不動産は長男が全て取得すると決めたとします。
しかし、相続登記をせずに放置している間に、二男が自分の法定相続分である2分の1の持分を第三者に売却して、移転登記もしてしまった場合、長男はその第三者に対して、不動産は全部自分のものだと主張できなくなります。
「現実的ではない」と思われるかもしれませんが、実際にそういう事件はあるのです。
複数の相続が発生する
相続登記を放置してはいけない最大の理由がこれです。
相続登記を長期間放置すると、相続人の中でさらに相続が発生します。そして相続が発生する度に相続人が増えていくのです。
こういう状況になると、相続手続が非常に複雑になり、時間も費用もかかります。特に、司法書士の報酬が数万円程度、高額になることもあります。
複数の相続が発生した場合の相続関係
前述の、複数の相続が発生するという問題とは、具体的にはどういうことなのか。
わかりやすいように、次の家系図を使ってご説明します。
第1の相続(被相続人X雄)
最初にX雄が亡くなって、まず第1の相続が発生します。
この段階での相続人は、妻のY代と息子のA介です。
相続財産としては、X雄名義の自宅があり、Y代とA介が話し合って、Y代が単独で相続することになりました。
本来はここで相続登記をすべきところなのですが、Y代から手続を頼まれたA介はちょうど仕事が忙しかったこともあり、相続登記を後回しにしていました。
それに、Y代が亡くなれば、結局A介が相続することになるので、その時にまとめて登記をすれば、費用を節約できるという考えも、頭の片隅にありました。
第2の相続(被相続人A介)
ところが、それからしばらくして、不慮の事故によりA介も亡くなってしまいました。
第2の相続の発生です。
A介には子どもがいなかったため、妻のB美と母のY代が相続人です。
相続人は、被相続人の地位を引き継ぎます。
つまり、X雄の相続人であったA介の地位を、A介の相続人であるB美とY代が引き継いだため、A介の死亡によって、X雄の相続人としての権利を持っているのは、B美とY代の2人ということなったのです。
第3の相続(被相続人B美)
不幸は続きます。
A介の妻B美も亡くなり、第3の相続が発生してしまいました。
B美には子どもがおらず、両親や祖父母も亡くなっているため、相続人は弟のC郎だけです。
ということは、C郎は、X雄の相続人というA介の地位を引き継いだB美の地位を、さらに引き継いだということです。
つまり、X雄名義の不動産を相続する権利は、A介→B美→C郎と移ってきたわけです。
第4の相続(被相続人C郎)
そして、ついに第4の相続が発生、C郎が亡くなりました。
C郎の相続人は、妻のK子と息子のT哉です。
X雄の相続人というA介の地位を引き継いだB美、B美の地位を引き継いだC郎、そして今度はC郎の地位を、妻のK子と息子のT哉が引き継いだわけです。
遺産分割協議書への署名・捺印
さて、この時点で、自宅の名義がX雄のままになっているということに、Y代がようやく気付きます。
そこで、Y代は、昔、A介と話し合って決めたように、自宅を自分の名義に変更しようと考えるわけですが…。
相続人が複数いる場合、相続不動産を特定の相続人名義にするためには、遺産分割協議書が必要です。
X雄が亡くなってすぐの時なら、遺産分割協議書には、Y代とA介の署名捺印があれば良かったわけですが、A介は既に亡くなっています。
こういった場合、A介の地位を引き継いだB美の署名捺印が必要になるのですが、そのB美も既におらず、B美の地位を引き継いだC郎も他界しています。
つまり、遺産分割協議書には、Y代の他に、X雄の相続人としての地位を引き継いでいるK子とT哉の署名捺印が必要ということになるのです。
親族ですらない相続人
K子にしてみると、Y代は、「夫のお姉さんの旦那さんの母親」であり、世間一般的には、面識もない程度に遠い間柄でしょう。
K子が、「なぜ自分が署名捺印をしなければならないのか?」と考えたとしても、何ら不思議ではありません。
法律上の親族とは、6親等内の血族及び3親等内の姻族ですので、K子やT哉にとって、Y代は親族ですらないのです。
T哉から見れば、Y代はお祖母ちゃんではなく、見ず知らずのお婆ちゃんにすぎません。
ハンコ代の必要性
もしこのままY代が亡くなってしまった場合、X雄の自宅はK子とT哉のものになってしまいます。
遺産分割協議書に署名捺印してくれというのは、言い方を変えると、K子とT哉に対し、不動産を取得する権利を放棄してくれということなわけです。
こういう場合、実務的には、ハンコ代などと呼ばれるある程度の金銭の支払と引き換えに、遺産分割協議書に署名捺印をもらうということが、よく行われます。
もちろん、K子とT哉が積極的に協力してくれるのであれば、金銭の支払いは不要です。
しかし、そうではないのならば、法律上の権利を有するK子とT哉に対して金銭を支払うのは、速やかな解決のため、やむを得ない手段と言えます。
まとめ
なぜ、相続登記を放置してはいけないのか、おわかりいただけたと思います。
特に、複数の相続が発生するというケースでは、私たち専門家でも投げ出したくなるような、複雑な案件が多くあります。
ここでご紹介した事例などは、むしろ単純なほうだと言って良いかもしれません。
相続が発生した場合、相続登記を最優先する必要はありませんが、できるだけ先送りにせず、手続をするようにしましょう。
手続をしないまま長期間が経過してしまっているという場合も、これ以上面倒なことにならないよう、今すぐ手続にとりかかることをおすすめします。